松本順市「「即戦力」に頼る会社は必ずダメになる (幻冬舎新書)」

昨今の新書らしいタイトルとボリューム、しかしこれが面白い。
全ての社員が成長できるような仕組み作りに関わってきた人事コンサルタントの著者が、どうすれば社員が上を向いて幸せに働けるのか、について思うところを述べたもの。
成果主義で社員を評価していると社員同士が互いにノウハウを教え合う文化がなくなってしまう、ひいては企業の成長を妨げてしまう、という指摘は、成果主義の問題点について論じたこれまでの本にもあった視点で真新しくない。
しかし一歩進んで、『「企業における評価は、賃金を決めるためのものである」という考えから、「評価は社員の成長を支援するためにある」という考えへ―これはすべての企業にあてはまる大きな問題です。(p84)』と書くのを見て、これは少々面白いことを言っているな、と感じた。
『成果をあげ、「かつ他の人にその方法を教えている」』ことを『ただ成果をあげている』ことよりも評価することで、ノウハウを互いに教え合うようになる。なんと単純な、と思うが、多くの企業や組織でこの当たり前にすら思えてしまうことをできていないからこういう本が書かれるわけで。
多くの組織で今や長期雇用がなかなか成り立たない、それゆえに長期的な助け合いなど求められない、という事情はもちろん分かっている。また自分にひきつけて考えると、大学も同じだ。しかしそれは組織にとって悪循環でしかない。ある程度安定して仕事をしていける人から率先して、他人に教えていこう、互いに組織を盛り上げていこうということをやっていかねば長期的にはパイは少なくなっていくばかりだ。
この本の面白いのは、その対象とする読者が、どちらかと言えば、互いに成長を支援しうる組織作りに上司として関わる管理職以上の人ではないところだ。著者の語る先はむしろ、プレーヤーとして自分の成果をあげることに懸命な若者に向いている…自分の成果をあげるだけではいけないのだと。つまり、短期的に自分の成果と給与の上昇を求め、組織内でのチームプレーをおろそかにすることが、長期的には得られるものが少なくなることをさまざまな例から説いているのである。そして、成果を他人に教えて他人の成長を喜べる人が最も評価されるのだよ、としつこくしつこく述べる。
少し前によんだ「アカデミア・サバイバル」もそう思ったが、こういうある意味大人の知恵を説いた本は、あまりウケないだろう。自分が努力すればそれに応じて報われるもので、他人を気にしてもしょうがない、と説くのが一番ウケると思う。
それでも、やはりあえて大事なことを書いているのはこういう本だ。資格を身につけてもそれが力にはならない、社内で上司の指導を受けてさまざまな嫌で面倒な問題に立ち向かっていくことで、はじめて問題解決力が自分の血となり肉となるのだ、というスタンスもいい。部下の時代に上司とがっぷり組み合い、その姿を見ることで、上に立ったらこうしたい、こうすれば人はこういう気持ちになる、ということを学んでいく、それがマネジメント力の基礎だ、というところももっともすぎる。そういえば、中日ドラゴンズ落合監督のかなり面白い著書「コーチング」でも同じようなことを書いてあった気がする。

自分がいっぱいいっぱいな若い時期に、長期的にものを見ていくのは難しい。早く成長して出世せねば、という焦りもあるだろう。
それでも、自分の成長だけでなく周りを見て一緒に成長していくことを意識できるかどうかで、40歳を過ぎたあたり、人を動かす歳になったときにどれだけ真の力を発揮できるかが決まってくるのだろうなという確信がある。
自分の考えと合っている本を読んで安心してもしょうがない、という考えはよくわかっている。しかし、あまりにもこういうことを書いている人が多くない気がするので、こういう本を読むと安心するところはある。