池澤夏樹「ハワイイ紀行 完全版 (新潮文庫)」

ハワイアン・ガーデン」に引き続き、ハワイシリーズ第二弾。
北海道に生まれ、沖縄に移住して暮らしたこともある小説家が、ハワイを旅した記録。「紀行」というタイトルだが、ただ旅先での経験や感想を書いた、という本ではない。自然について、言葉について、農業について、文化について…一つ一つの章にはハワイを特徴づけている明確なテーマがあって、それぞれについて調べたり話を聞いたりしてまとめていく。ルポルタージュといってもいいかもしれない。
他の大陸と隔絶された海洋島であるハワイ諸島。そこにある特異な生態系、ポリネシアから移ってきた人々により築かれた独自の文化。それらが、西洋との邂逅と、その後に移り住んできた人々により変わっていく姿。
そこもまた、独自の文化を営みつつ日本に併合されていった歴史を持つ沖縄に住んでいたこともある著者は、同じような問題意識で、ハワイの文化・言葉・自然を守ろうとする人々に敬意のこもったやさしい目を向ける。文化や自然を守るべきだ、と声高に自分の主張を書いていくのではなく、ハワイを愛するさまざまな人々にたくさん話を聞き、その気持ちを記述していくというスタンスは、自然と読むものにもハワイへの敬意を抱かせる。
しかも、その内容も実にバラエティに富んでいて飽きさせない。含まれるのは、自然や地形について、農業について、ハワイの固有文化を語るに避けて通れない「フラ」について、ハワイの言葉について、といったテーマだけではない。観光、若者のレジャーの一つとして見てしまうサーフィンにもハワイの歴史と文化が息づいているのだということをインタビューから明らかにしていく章などを読まされ、自らの偏見を恥じるとともにハワイの奥深さに感動すら覚えた。

一番面白かったのは、大昔にポリネシア人がやったように、羅針盤も動力もない古代船をつくって、ポリネシアからハワイにまでたどり着こうとする試みをルポした章である。その試みの意義とロマン、払われた犠牲と試行錯誤。ハワイというくくりを超えて、海を渡り生活圏を拡大してきた人間の好奇心と勇気を感じながら、のめり込んで読んだ。この章についてだけでも、もっと詳しく知りたいという思いにさせられた。

より知りたい読者への脚注、そこに含まれる本の紹介なども、本から本へと興味を広げていきたいと思っている自分にはありがたいばかり。「完全版」に加えられたミッドウェイ島すばる望遠鏡のレポートも実によい。歴史と文化、そして今のハワイの姿もよく伝えてくれて、行きたくなること間違いなしの一冊。