高橋俊介「自分らしいキャリアのつくり方 (PHP新書)」

久しぶりにビジネス書を。
この著者の書くものにはずいぶんと感銘を受けた。
キャリアショック」では、自分のキャリアを計画的に描くことの難しい変化の時代にどうキャリアを築いていけばいいのか、またそのような時代に企業は個人のキャリア形成をどのように支援していくべきか、について実に説得力のある論を読ませていただいた。
しかし、今でも売れる本のパターンであるように、上昇志向をかき立て、ライフハックを並べるのがこの人のやりかたではない。二冊目の「スローキャリア」では、上昇志向のそれほど強くない個人はキャリアをどのように考えていけば良いのか、についてを(おそらく、かなり)はじめて本格的に打ち出し、広い視点で日本人のキャリアについて考えて我々に提示してくれることのできる人だというところを見せてくれていた。
今日紹介するこの本は、この著者の、おそらく初めての単著による新書である。『ワークライフ』『能力開発』『キャリア形成』『ジョブデザイン』『ネットワーク形成』『組織のなかでの成長』『組織の見極め方』という七つの章を立てて、それぞれのテーマについて、日本のビジネスパーソンにとって有益なキーフレーズをいくつかずつ紹介している。
きちんとフォローしていないのでわからないのだが、おそらく、これまでの著者の本でも書いてある考え方もあるのだろうと思う。そのあたりはわからないが、全般的にバランスの取れたアドバイスが並び、自分のキャリアのつくり方について考えるきっかけをたくさん与えてくれる一冊となっている。
特に内容が充実しており、なるほどと思うところの多かったのは最初の章『ワークライフ』のところだ。仕事と私生活を時間的に分けて考えるのだけがワークライフバランスではない、というあたりなどは、現在のワークライフバランスに関する議論からするとずいぶん新しい見方だなと思い、またじつになるほどと思った。仕事上では細かく管理されることが多いとしたら、私生活では自分ですべてを管理できる料理やプラモデルなどを趣味とする。仕事上で個人プレーが多いとしたら、私生活では集団で何かをする喜びを求められることをする…。そういう生きる動機や喜びに関してもバランスを取るべきだという提案は、とても面白い。
それに続いて、家事と仕事はどちらも重要なものとして絞らずにやっていったほうが、精神的にも両方を創造的にできる、『私生活での経験が仕事に活きる好循環をつくっていく(p41)』ことが大事、など、仕事における私生活の大切さを複数の観点から論じるところなども、自分を振り返るのにとてもよかった。


この著者の書き方でもう一つ良いなと思うのは、こうした一つ一つのアドバイスについて、では企業はどうあるべきか、ということについても考えるようなところだ。
どんなに個人がキャリアをこう築きたい、と考えていても、それを促したり縛ったりするのは職場の環境である。たとえ、読む人が経営者側でないとしても、企業や経営者側はどのように個人を大事にしていくべきか、ということについても並べて論じていくことは、議論を深いものにしている。では、自分がもし経営側だとしたらどうしたらいいだろう、と考えてみることが、職場の他の人と自分との関係を考えることにもなる。
すぐになにかが良くなることがないとしても、こういう地道に議論していく下地をつくっていくことはとても大事だと思う。それを、こういう新書でもしっかりやっていこうとするところは、いいなぁと思うのである。