佐藤多佳子「一瞬の風になれ 第一部 -イチニツイテ- (講談社文庫)」

早くも文庫化。勢いで三冊いっぺんに買ってしまった。まずはイントロともいえる一冊目。
ちょっと対象とする読者の年齢が低いかもしれないなと心配しつつ読んでいくが、普通におもしろい。いわゆる運動系の部活に入っていなかった自分としては、「もっと早く、もっとうまく」とストイックに自分を追い込んでいく姿が、とても素敵なものに見える。小さい頃にこういう本を読んで、スポーツに青春をかける姿に少しでも引きつけられていたらなあと少し感じた。
もちろん、勉強にも「もっとできるように」とストイックに追い込んでいくようなところはあるのだけれども、さすがにそれでは人を引き込むような小説にはならないだろう。特に、スポーツをしていた人が読めばこそ、この小説に描かれる姿にだぶるところが多いだろうと思う。
陸上競技をテーマとしているが、この小説を普通の青春小説にしていないのは、その競技のコツというか、身体の動かしかたというか、そういう細部の細かさがあるだろう。短距離とはいっても、ただがむしゃらに走るのではなく、腰を上げるとか、接地時に膝をまげずに地面からの反発力をもらうとか、さまざまな技術的なポイントがあるものだ。そのあたりの記述は、この本に書いてある朝原選手のインタビューを思い出した。部活の人間関係、ライバルとの争いや、青春ならではの悩みに並行して、しっかりそういうところを入れ込んであるのがとてもよかった。
やる気と協調性のない天才と、それをうらやましく憧れの目で見つめつつ、自分なりに精進していく努力型の主人公。技術的には劣る主人公が、チーム精神とか協調性、世渡りに関して、天才肌のチーム名との兄貴分になっているという構図も非常にうまい。