三木義一「給与明細は謎だらけ (光文社新書)」

通勤、食事、住宅…健康的に仕事をするためにはたくさん必要なもの、お金がかかるものがある。こうした、一般の会社員に馴染みのある費用を手がかりにして、彼らに馴染みのない税金のかかる仕組みについて説明しようとする本。
そもそも、普通の会社に勤めている人は、源泉徴収をされているために「仕事に必要なお金は経費だから非課税」という考えがあまり馴染みがないのだろうし、それがこの本が書かれた動機でもあると思う。
しかし著者の導きで詳しく法律や過去の判例を見ていくと、日本では通勤、食事、住宅など健康的に仕事をするために重要なものにかかるお金が「個人の趣味嗜好のもの」とされ、非課税とはなっていないのが現実であることがわかってくる。全ての人にかかる経費が同じということにして源泉徴収をする、分かりやすいといえばそうなのだが、税金に関して鈍感になるし、なにより働くためにお金がかかることにはあまり配慮されていない。
この本では、税・および必要経費の概念を、実感のわきやすい例で語ってくれて、すべて会社がやってくれている人間も、税制に関して無関心でいてはいけないのだなと思わされる。
さらには、新書ながら詳細でかっちりした記述で、過去の税制の歴史や判例についても触れられているところがたいへん面白い。一般の会社員の「経費」として税金がかからないように控除されている「給与所得控除」や、働く人の配偶者について控除される「配偶者控除」などがどのように現行の制度・値段になったかの歴史についても述べられているほか、外国ではどのような税制になっているのかも触れられていて、確定申告くらいはしたことがある人にもたいへんためになる。
なかでも、『なぜ給与には必要経費の実額控除を認めないのだ、それは不平等な扱いで憲法に反するのではないか(p99)』と裁判で争った大学教授の訴訟と、それが給与所得控除の引き上げにつながった話などは、税法を専門とする著者ならではの語り口でとても興味深く読んだ。さらにはそれに関連して、一般会社員の必要経費の控除をある条件に限って認める「特定支出控除(p108)」という制度ができたこと、その制度を利用する人が、全国で年間たったの1名であったことがあることなどもなかなか知っている人はいないだろう。
こういう例は、一般の会社員にとって、自分の節税に役に立つわけでもないし、何か読んでメリットがあるわけでもない。それをしっかり書いてくれるところがこの本の実に良心的でいいところだ。直接メリットを求める人にはもどかしい記述かもしれないが、こういう例を目にすると、税制というのがどれだけ時代により変わっていくものか、国とのやりとりで変わってきたものか、ということがよくわかって、税金に対する意識は間違いなく高まる。
税金の細かい話を手抜かりせずに説明し、かつその歴史などを語りつつ、しかし堅苦しくなく読めるなかなかお得な一冊。関係ないよ、という人にこそぜひ。