八代嘉美「iPS細胞 世紀の発見が医療を変える (平凡社新書)」

再生医療に革命をもたらす「iPS細胞」が報告されてからずいぶん経つ。いまだにその何たるかも成立の過程も知らないのではあんまりなので、話題になったこの一般向けの入門書を読んでみた。
研究者見習いとも言える大学院生が書いたこの本、まったくもって見事だ。多くの人が見たことがあるであろう、iPS細胞の誕生を知らせるニュースの見出しから入り、専門用語を極力使わず、遺伝子の細かい説明などもほとんどせずに、懇切丁寧に最後まで読者を導いてくれる。
技術的にはiPS細胞の前段階と言える、生物の受精後すぐの「胚」から作られる「ES細胞」からはじまり、その後に行われてきた発生の研究の知見を、実に適当な順序に配置しつつ紹介していく。分化が後戻りしない仕組みとしての「メチル化」を「遺伝子にカギをかける」という言葉で説明するなど、比喩も正確さを失わない範囲で実に適切だ。
また、血液や毛髪、筋肉など、人間の身体では常に細胞が新たに生まれている場所がある、という誰しも実感しやすい事実から、幹細胞という、さまざまな細胞を生み出しうる細胞についてさまざまな角度から説明してくれるあたりも、イメージがわきやすいし面白い。

研究者は、決して説明嫌いな人ばかりではない。今の若い研究者志望の意識が高い人ならば、就職活動や各種の発表を通して常に自分の研究をどう伝えるかについて考えていると思っていいだろう。決して、この本を大学院生が書いたことは驚きでもなんでもない。どの分野の大学院生でも、特に意識の高い人はこういうわかりやすい一般向けの本を書くことができるくらいの能力を持っていることは確かなのではと思う。
単に、こうした誰でも手に取れる媒体に書いて発表、出版できるほど偉くなかったり、先生の側に「自分ですら書いていないのに」と理解がなかったりするだけなのかもしれない。ブログなどで実にわかりやすく自分の研究を語れる人も多いだろう。実際に誰しもが出版までいけるとは限らないだろうが、若い研究者が、自分の分野をわかりやすく紹介する本を書くことをもっと奨励して、応援してもいいのではないかなと思う。