石田秀雄「わかりやすい英語冠詞講義」

文法や表現は調べればわかっても、aとtheはどちらを使うべきか、についてはいつまでたってもピンとこない。
この本は、冠詞の使い方にしっくりこないものを感じ続け、ついには進路を変更してまで英語を専門的に研究する道を選んだ著者が、その考えたところをまとめた、まさに労作。
よく知られた辞書の例文を扱いつつ、「可算名詞と不加算名詞」「単数と複数」「定冠詞と不定冠詞」のそれぞれの使い分けについて詳しく考えていく。
例文も非常に一般的で読みやすいし、一つずつの解説も噛み砕くような丁寧さ。

それにしても、またしても大事なのは、単なるルールでなく、書く人と読む人のあいだにある関係なのだと感じた。それは「石黒圭「文章は接続詞で決まる (光文社新書)」 - 千早振る日々」で日本語の接続詞について読んだときにも考えさせられたことだ。つまり、言葉の使い方を考えるときには、書く人(伝えたい人)がどう物事を見て何を伝えようとするのか、読む人がどう理解するかを考えることが大事なのだ。

例えばこの本の2章で論じられる「可算名詞と不可算名詞」でも、このことが強調されている。境界があるものは可算名詞、ないものは不可算名詞と一般化したうえで、『話者が種類ないしはタイプを表現することに重点を置いたときには、可算名詞(p44)』と、話者の視点の置き方でそのルールが変わってくることが述べられる。
このことが端的に述べられているところを自分のためにも引用しておく。

話者による状況のとらえ方あるいは解釈のしかたが異なれば、仮にまったく同一のものが認識の対象であったとしても、その表現形式は変わってくる (p57)

逆に考えれば、自分の伝えたい意図を文章の細部にまでしっかり持っていれば、おのずと冠詞は決まる…とまではいかなくても、勉強して覚えるほどではないのではないか、という変な自信がついた。
もちろん、すぐにきっちりネイティブの人と同じように使えるとは思わないが、この本には冠詞や可算・不可算の使い分けに参考になる考え方やヒントがたくさんあった。
そういったことをメモっていくとキリがないから一つだけあげておくとするなら、theが使われる場合の分類などはとても有益だった。theを使うときは『問題となっている名詞の指示対象を聞き手が唯一的に同定していると話者が判断していることが大前提となります。(p114)』と著者は述べるが、その際の「対象」の指示のしかたには下のようなものがあるという(第4章)。

  1. 外界照応:名詞によって指示された対象がその場面に存在する
  2. テクスト内・前方照応:先行する文に同じ名詞が出てくる
  3. テクスト内・後方照応:後続する文の中に現れた語句を前もって受ける

なるほどわかりやすい。この分類と、それに引き続く例文と細かい解説は、自分が英語の文章を実際に書く際にtheを使うかどうか考える基準として、これから実際に存分に使えっていけるなと感じた。
この本は、読む人によって、どこか必ずこのように「使える」考え方やヒントがあると思う。解説と豊富な文例を繰り返しめくるだけでも、そのあとに辞書など引いてみても、とても参考になる一冊だろう。

最後に付け加えておくと、この本は、わかりやすくインパクトのある、売れ筋のような本とは少々違う。学術的なカッチリ感があって、少し堅い研究書のようなおもむきがある。少々英語マニア的になりつつある自分としてはたまらないが、ぱっと見てわかるような効率を求める人には合わないこともあるかもしれない。オタク的な面白さとも言えようか。