小室淑恵「なぜ、あの部門は「残業なし」で「好成績」なのか? 6時に帰る チーム術」

ひさびさにビジネス書を。いきなりですが、こんなブログを見ていただいているビジネスパーソンの方がおられましたら、これはおすすめします。
政府の政策にも徐々に広がりつつある「ワークライフバランス」の考え方。仕事と生活の調和を取って、家庭や地域社会においても一人一人が充実した生活を送りましょう、という考えであり、取り組みだ。
著者は、名前そのまま、「ワーク・ライフバランス」という会社の社長さん。この本は、著者が日本に広めたいと思い、コンサル事業として展開しているワークライフバランスについて、どのように一つ一つの職場で実行していけばいいかということを惜しげもなく公開した一冊である。
不況でなるべく残業をさせたくない→早く家に帰ってもらう→「ワークライフバランス」を進めよう、という動機が国や企業にあるにせよ、この考え方がここまで受け入れられていくには、ただ『残業なくして帰りましょう!』『家庭を大事に!』と叫ぶだけではない哲学があるということが読んでよくわかる。それは例えば、こういうものだ。

ワークライフバランス」は、「プライベートを大事にしよう、ほどほどに働こう」という考え方ではありません。これからの時代、「ライフ」を充実させることが、実は「ワーク」で結果を出すことにつながる…(中略)…。「ライフ」においてさまざまな経験を積んだり、生活者としての感性を磨いたりしておかなければ、多様化・成熟化している市場において売れる商品・サービスは生み出せないのです。(p197)

つまり、私生活の充実があってこそ、消費者に訴える商品を生み出せるのだ、お客様の気持ちがわかるのだ、という考え方だ。これは「オフの時間こそが創造の源泉」といった形でいろいろな人が昔から言っていることにせよ、重要であることには違いない。
しかし、僕がこの本を読んで感じた、「ライフ」を充実させることのもっと大事な側面は、あとがきに主に書いてある考え方だ。すなわち、職場を束ねるマネージャーこそが、「ライフ」を充実させないと、チームのメンバーの悩みに共感したり、アドバイスしたりすることはできない、と著者が述べているところだ。
研究という世界でもそうだが、チームで仕事をしている場合、マネージャーが家庭よりも仕事が第一だと考えて動いていると、なかなかその下にいるメンバーはその意図には反しづらい。実際、子どもがいたり、老いた親がいたり、で家庭に力を注がねばならないときでも、上司がわかってくれなくて両立が難しい、というケースが多いことだろう。
だからこそ、これからの社会で、チームとしてのパフォーマンスを高めるには、マネージャーが率先して「ライフ」を重要視して、柔軟な働き方を認めるべきだ、そういうマネジメントを行うべきだ、という主張には、全面的に賛成したい。今はばりばり働きたい、というのはそれはそれでいいが、将来、そういう立場になりうる若い人間こそ、この本を読んで、多様な働き方・多様な動機を認めるという考え方を知っておくべきだろう。

それでもどうしても「6時に帰るなんてとんでもない」と納得できない人もいるだろうし、この本のタイトル自体に拒否反応を示す人もいるだろう。研究・開発をはじめとする分野は特にそうかもしれない。時間をかけないとダメ、一人前になれない、という考えがあり、それがある程度その通りなのはわかる。しかし、どんな仕事にせよ厳しい状況の現在、ノルマを果たさねば、成果を出さねばとプレッシャーを受ける多くの一般社員を一番よく守ってやれるのは直属のマネージャーだ。精神的なゆとり、チームとしてのコミュニケーションの大事さは、どんな仕事をしている人にとっても、強調して強調しすぎることはない。人生は長いのである。

さて、この本の考え方についてはこのくらいにして、どれだけこの本が役に立つかを書いておく。
「チーム術」を実践するために、著者は「現状を見える化し」「課題とビジョンを共有する」「仕事の中身と分担を見直す」などのステップを用意し、それぞれのステップで具体的にどのような行動を起こしていけばいいか、について細かく解説する。どこからでも始められる、そして企業によってアレンジできるような具体的なアドバイスが満載で、コンサルタントとしての企業秘密のようなものを書いてしまっていいのだろうかと不安にすらなる。
特に、一つの仕事を、複数の仕事を抱える複数人で共有しておき、「この人でないとわからない」仕事をなくすやり方などは、実際にやっているのだが、とてもいい。最初のうち、仕事の内容を共有するのはとても面倒くさいが、仕組みができてしまえば、コミュニケーションが深まるという意味でも、一人が抱え込まなくてもいいという意味でも、とてもいい方法だと思う。
これだけでなく、この本で紹介されているツールはどれも最初は面倒くさいと感じるものが多いと思う。しかし、それを乗り越えないと、結局誰かに仕事が集中したり、非効率だったりする状況は変えられないし、いつまでも「ワーク」に重点が載ったままで、「ライフ」とのバランスなど望むべくもないだろう。

「仕事はチームでやるもの」という考えに貫かれているそれぞれのアイディアは、どれも、新たな仕事のしかたの形の一つのお手本として考えてみるに値する。互いの「ライフ」を尊重し、『「人を育てよう」というチームの雰囲気(p12)』を作ること。今はまだ多数派ではなくても、いずれ、こういう考え方を持つ職場以外は淘汰されていくのではないかと思う。