松尾和浩「やさしく学ぶ免疫システム インフルエンザ、アレルギー、エイズと闘うメカニズム (サイエンス・アイ新書)」

この手の新書は当たり外れがある気がするが、この本はおすすめできる。
テーマは人間の免疫システム。もちろん、免疫というテーマだけあって、少々前に読んだ本(岸本忠三・中嶋彰「新・現代免疫物語 「抗体医薬」と「自然免疫」の驚異 (ブルーバックス)」 - 千早振る日々)とも関連してくる。しかし、『新現代免疫物語』では抗体医薬や自然免疫といった新しい話題に焦点をあてているのに対して、この本ではマクロファージにT細胞、B細胞といった昔から知られているところを中心とした記述しており、また説明も丁寧に順を追っていて、より一般向けの面が強い。
一方で、専門ではないもののそれなりに知識のある自分が読んでも知らないことがあったので、一読して全てがすっきりわかるというような本でもない。ただ、ここは面白い、ここは知っておいてほしい、というところは歴史的な話も含めてきっちり書かれている。また、逆にシンプルに済ませているところも最低限のわかりやすい説明がされていて、コントラストのつけかたがうまい。最新の知見や、よく知られているメカニズムの違った側面などをバランスよく配していて、それなりに知っている人が読んでも飽きないような工夫がある。

もう一つ、この本でとてもよかったなと感じたのは、一貫して、『新しい知見をどう利用して病気を治す(抑える)か』という視点があって、現在の取り組み、現実味のある将来の構想が常に示されているところだ。
例えば最近話題になった結核。広く知られているBCGは結核に対するワクチンだが、成人の結核の発生を減少させるという科学的根拠ははっきりしないらしい*1。この本はこれだけで終わらせず、遺伝子組換え技術で大人にも効くような結核のワクチンを作る試みがされている、というところまで紹介してくれる。
ワクチンにしても、注射ではなく呼吸器から与えるようなものを使うことで、粘膜免疫(鼻や口、消化管などで働く免疫)というメカニズムを利用することができるという指摘は面白かった。ワクチンの技術も免疫システムに関する研究が進むとともに、進歩しているのである。
図もこちゃこちゃと書き込まず、しかし要を抑えたシンプルなもので、免疫系に関わる細胞たちの個性と働きがよくイメージできる。新大学生あたりにこういう講義ができたら満足だな、というお手本になる。現役の研究者としての現場感もあり、入門書でありながら科学的な正確さを犠牲にしていない、けっこう骨太な一冊。

*1:wikipediaにも『成人結核に対する効果は調査地域などによるばらつきが大きい』との記述がある(BCG - Wikipedia