佐々木正人「時速250kmのシャトルが見える (光文社新書)」

アフォーダンスという概念を知ったのは、ずいぶん前のことになる。友人の話でこの本の著者を知り、何冊か本を読んでみたのがきっかけだった。人間が周囲から刺激を受けて行動をするという図式ではなく、空間と環境の側に、人間に行動を促すような意味があるのだという考えを提示するこの概念は、ずいぶんと新鮮で面白いものに感じられた。
同時に、アフォーダンスはデザインの分野でよく使われていることを知った。一方で、人間が環境と接して動くことの最たるものであり、選手たちの無駄のない動きにいつも感動させられるスポーツというものにも、アフォーダンスの関わりというものがあるのではないかと思いながら、そのときはそういう本は見つけられずにいた。
しかし、ありました。アフォーダンスという概念を日本に紹介した著者が、スポーツ選手と対談したものをおさめたこの一冊。

スポーツのどの種目も特殊な環境を過酷なかたちで構築することで成立しています。(p7)

スポーツを、こうした環境との関わりという側面から捉え直し、地面や空間、水や風などの環境をどのように選手たちが感じて、利用しているのかをインタビューしていく。面白くならないわけがない。
競技をしているときどこを見ているのか?手触りはどうか?身体のどこを特に意識して動かしているのか…人間と環境について考えてきた著者の質問は的確で、選手たちが普段言語化しないことをつぎつぎと引き出していく。選手たちの、『いい表現ですね』『その通りです』という言葉が、いかに著者の質問がツボをついているかをよく表している。
この本でインタビューしている競技は、バドミントン、サッカー、卓球、陸上、F1、スピードスケート、アルペンスキー、体操、棒高跳び、スキージャンプ、飛び込み、ボート、シンクロ、レスリング、柔道、相撲。それぞれの選手の意識している環境、見えているものがそれぞれ違っていて、同じ風や水や地面でもこうまで繊細に感じ取れる人がいるのだなということに驚きを感じる。
個人的に特に面白かったのが、昨年引退して指導者の道を歩み始めた陸上の朝原選手。リレーでの銅メダルは記憶に新しい。この方はとても自分の動きを言語化することが得意なようで、接地のしかた、骨盤の動かし方と身体の軸、など身体をメカニカルに捉えて速く走るための動きを説明できるのがすごい。自分の言葉で自分の走りを説明できるようなこういう人が、世界で戦ってきたメンタル面とともに、自分の技術を後輩に伝えていってくれるとすればとてもすrばらしいことだと思った。
他にも、スキージャンプの選手が感じる二種類の風の話などが興味深かった。見ていても絶対にわからないことを語ってくれるインタビューの数々。

こういうインタビューができる人はなかなかいないだろうし、ぜひ続編が読みたい。同じ競技でも、プレースタイルの違う選手なら、異なるように環境を認知しているはずで、そういう違いは興味深い。

スポーツをやっている人、見るのが好きな人、人がどのように周囲を捉えているかに興味がある人にぜひ。