岸本忠三・中嶋彰「新・現代免疫物語 「抗体医薬」と「自然免疫」の驚異 (ブルーバックス)」

インフルエンザ、関節リウマチ、そしてがんにまで挑む免疫学の最新の成果を一望する一冊。ほとんど免疫学のことを知らない人でも、一読すればその面白さがわかるだろうわかりやすい説明。著者は免疫学の分野では知らぬ人のいない岸本先生。
タイトルにもあるように、テーマは大きく分けて二つ。「抗体医薬」と「自然免疫」である。今回ばかりは目次を出した方がわかりやすいと思う。

第一章 パンデミック・インフルエンザの脅威
第二章 免疫学ことはじめ
第三章 関節リウマチ克服物語
第四章 がんと抗体医薬の物語
第五章 モノクローナル抗体物語
第六章 もう一つの関節リウマチ克服物語
第七章 TNFの物語
第八章 自然免疫物語
第九章 自然免疫が解き明かしたミステリーの物語
第十章 もう一つの自然免疫物語

前半、第七章までは、体内の情報伝達をブロックして病気を治す「抗体医薬」について。CMでよく見る、「痛みのものをブロック!」みたいなものをイメージするとわかりやすい。
不勉強にも知らなかったが、抗体医薬市場は急速に拡大しているそうだ。医薬品全体の伸びが五%程度にとどまる中で年率二〇%前後のペースで拡大を続けているとのこと(p133)。これからの医薬開発の大きな部分を占めていくだろうこの技術について、これだけ詳細にわかりやすく書かれている本はなかなかないだろう。

本書では、阪大において免疫研究に偉大な足跡を残した著者の岸本先生と、その研究成果に注目した企業の研究者、そして医薬を用いる医師が、リウマチを治療する医薬を製品化するまでの物語が詳細に書かれている(第三章、第六章など)。製品化に伴う困難、そして遺伝子工学によるその打開などの話は、生命科学をやっているものにとってはある程度おなじみではあるが、医薬開発の実際を垣間見せてくれていて、実に面白い。

後半は創薬シーズとして注目されている自然免疫について。自然免疫とは、病原体を記憶して抗体産生などの機構によって身体を守る「獲得免疫」に対して呼ばれる機構で、最近大きく研究が進展している。本書では、著者岸本の弟子である審良(あきら)先生によるTLR(Toll-like receptor)の研究をメインに、主に2000年以降の最新の研究成果が紹介される。まさに、専門誌にこの話が取り上げられないことはないくらいの現在、その発見を概観してくれるのはとてもありがたい。
知っている話も多かったが、前半を読み進めてきた読者にとって、がらっと景色が変わるような発見の数々は間違いなく面白いはず。個人的にここで面白かったのは、第十章。自然免疫の機構など想像しようがなかった二十年も前に、誰にも認められないながらもその存在を示す独創的な結果を得ていた一人の研究者の物語。あまりにも時代の先を行き過ぎていたがゆえの苦悩と、ようやく自分の研究が位置づけられたうれしさ。この章を最後に置いていることで、最新の知見をばーっと紹介しながらも、収まりよい読後感が得られている。

目次にもあるように、この二つのトピックに、河岡先生大活躍のインフルエンザ研究の最新の知見(第一章)、免疫学の基礎やモノクローナル抗体などの入門的解説も交えられ(第二章、第五章)、バランスのとれた構成となっている。
この大筋の流れに、DNAワクチン(p252)やポリクローナル抗体による多剤耐性菌への対抗(p154)など、真新しいトピックもところどころに挟まれ、ここ最近の免疫学を知るためのスタンダードになりうる一冊だと感じた。
のみならず、わかりやすいメカニズムの解説と、研究の面白さと難しさが伝わる現場感あふれるエピソードがすばらしく、純粋に読み物としてもおすすめ。