本川達雄「サンゴとサンゴ礁のはなし―南の海のふしぎな生態系 (中公新書)」

一度だけ、沖縄に行ったことがある。一面に広がるサンゴ礁には、南国に来ているというウキウキ感と相まって、心躍らされずにはいられない。このサンゴについて、一般向け科学書の名著「ゾウの時間ネズミの時間」と、自作の不思議なお歌で有名な生物学者本川達雄先生の新書が出た。
タイトル通り、サンゴとサンゴ礁の仕組みとその生き方の多様性について、分かりやすい図や写真とともに紹介してくれる。一章はQ&A方式で、概説的なことを優しい口調で説明する。二章では少々専門的なことをしっかりと説明。このバランスがよい。
さて、サンゴである。もちろん生物であることは言われればわかるが、サンゴは石のようなものではなくて、れっきとした生物であることは、あんがい実感しにくい。サンゴはイソギンチャクの仲間(刺胞動物という)であり、どんな形をしていて、それがどのような働きでああした石のような丈夫な群体をつくるのか、ということが、細かくなりすぎずしかし分かりやすい情報量で説明されていく。
餌を採り、骨格を作り、子孫を残すという生物としての性質を見せられると、徐々に、ぱっと見ではわかりずらいながらも、サンゴが活発に成長している様子が頭に浮かんでくるようになる。
この本はトピックの並べ方も実に親切で、そうしたサンゴの姿と生活という本題を外れないながらも、それに深く関わる事項がその都度分かりやすく説明される。例えば、サンゴの体内に共生して光合成をし、サンゴに栄養を供給している褐虫藻という藻類の存在についての説明もそうだ。彼らのような、地味ながらも大切な共生生物の力こそが、宇宙からも見えるような巨大なサンゴ礁を作り出したのだという驚異。目に見えるところから目に見えずらい所へ、イメージをうまく湧かせながら書き進んでいく調子はさすがだ。
この本ではさらに踏み込んで、この共生が、実にさまざまな側面でサンゴの繁栄に大きく影響していることを読みやすく提示していく。サンゴが吐いた二酸化炭素を藻が光合成で使い、逆に光合成でできた酸素をサンゴが呼吸するという意味で互いの利益になる関係にもなっていること。さらに、サンゴが出す粘液が周囲の生物の栄養となり、生物層を豊かにしていくこと。まことにうまくできた共生で、目で見るサンゴの中で行われている小さな協力には驚かされる。
このサンゴに共生している藻についての話題はこの本で最も面白いところの1つだ。このごくごく小さな藻類の存在を解明したのは1944年、川口四郎先生という日本人であるということや、彼に関するエピソードなどもはさまって、研究に打ち込む者の熱意にもまた感銘を受ける。さらに、若干細かく思えるが、褐色藻にも多くの種がいてサンゴの生息する深さや環境、サンゴの種類ごとに住み分けていることなどもサンゴの研究の奥深さを垣間見せてくれて面白かった。その場所から動けないサンゴの進化についてのトピックも、とても分かりやすく読ませてくれる。
サンゴの生体やサンゴと藻の共生についてのみならず、サンゴをすみかとする動物や魚について、サンゴの保存や環境問題についてなど、狭い分野に留まっていてはわからない目配りの良さがすばらしい。