渡辺将人「見えないアメリカ (講談社現代新書)」

真新しい視点のアメリカ政治論。おもしろかった。
アメリカは知られているようにその構成員が極めて多様な国である。エスニック(民族)や宗派、性別、地域性など、それぞれの人が基盤とするアイデンティティは違う。しかし、この本の前書きでも触れられているように、確かに、通常テレビを見たり何人かと浅い付き合いをする程度だと、そうした意識には踏み込まないし踏み込めない。つまり、一人ひとりのそうした政治的な立ち位置は見えない。でありながら、そうしたさまざまなアイデンティティを持つ人が、たった二つの政党から選ぶわけだ。となると、それぞれの党が支持者を得ようとするとき、外からは見えずらい個別の差異を捉え、なるべくそれぞれの人に対応しうるような戦略を考える必要がある。
著者は、民主党の選挙本部で『選挙民を「政治アイデンティティ」ごとに分類し、集票戦略を練る(p6)』仕事に携わった経験から、アメリカ人の暮らしの中に埋め込まれて「見えない」政治意識について述べていく。個人的な経験に加えて、アメリカの政治について述べた過去の研究も存分に参照されていて、それがうまく取り上げられて説得力のある文章が続いていく。
そういった、あまり見えることのないアメリカ人の政治的な立ち位置や、よって立つものの細かい差異を、さまざまな実例や歴史的な話から興味深く知ることができた。保守、リベラルがどのような運動と関わってきたか、どのような人々が支持してきたか、などについても、そういう理解のしかたがあるのかと目を開かれる思いだ。これ一冊で知ったふりで語ることなどできないが、アメリカの映画やドラマから読み取れる社会階層や文化の違いについての紹介も面白く、メディアを通して見るだけだったアメリカに、新しい一つの見方を与えてくれた。いろいろな気づきを与えてくれる面白い本だ。
個人的には、選挙の際に、そこまで細かく地域性だとか宗派だとか民族性だとかを色分けして考えていく手法の徹底ぶりが、さすがにアメリカだと興味深かった。日本でも、企業で新しい商品を作って売り出そうとするときや、テレビで番組を作るとき、もちろん選挙のときなどは対象年齢や性別を考えてそれぞれに対策を練っていくのだろうが、宗派だとかエスニック、地域性の違いはアメリカほどではないだろう。アメリカのような多様性のある国だからこそ、それぞれの違いを見つめてなるべく分かってもらおう、とする努力もより大きく注がれる。でも、日本ではそれが必要ないというわけではないだろう。これからはむしろ、そういう違いのあるもの同士がやわらかく集まって自分たちの利益を得ていこうとする動きが必要になってくるだろう。だからこそ、日本にもまた、アメリカとは違うそれぞれの個人の意識の「見えなさ」(それが本当にあるのか、あったとしてどういうものなのかはまだはっきりと書けるほどではないが)があるのだと意識し、互いの違いをすりあわせていこうとする努力をするように考えることも必要なのかもしれないと思った。