レスリー・アドキンズ、ロイ・アドキンズ「ロゼッタストーン解読 (新潮文庫)」

名前とその偉業くらいは知っている、シャンポリオンによるロゼッタストーン解読。サイモン・シンの「暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで」にも描かれていた有名な仕事だ。しかし、この本を読むまでは、彼がどのような人物で、どのような背景のもとその偉業が達成されたのかはまったく知らなかった。

驚いたのは、その解読された年を調べれば分かることなのだが、ナポレオンとその後のフランスという、実に政治的に混乱した時期にこの仕事が成し遂げられたことである。研究状の立場を確保するための政治的な活動、日々の糧を得るための別件の仕事などに悪戦苦闘する主人公の姿は、まったく意外なものだった。
どんな科学者でも、全ての時間がまったく研究のために自由に使えるということはまずないだろう。それがシャンポリオンの時代でも同じだったこと、そしてそれでも彼が長い努力の末成し遂げたことにまずは勇気づけられる。この本ではまた、彼を支える年の離れた兄の、実に献身的な活動の様子が絶えず描かれており、一人というより、兄弟の物語といった印象を強く受ける。いかに天才と思われるような研究者でも、偉大な業績は彼一人の力で挙げられるものではないという当たり前のことに感銘をうけるとともに、先の見えない仕事を支える周囲の力の大きさに思いをいたしてしまう。
もちろん、こういった、時間の制約や、周囲の支えの大切さは、どんなに小さな仕事をしようとしている現代の個人ですら同じ。だからこそ、この本の主人公の兄弟に感情移入してしまうし、読んで考えさせられることが多いのだろう。
さらにもう一つ驚き勇気づけられるのは、ロゼッタストーンの解読が、ライバルにかなり先を行かれていた状況からの逆転であったことである。実のところ、見かけ上仕事が先に進んでいたとしても、かならずしも最終的な結論に達することができるとは限らない。細かいところで遅れをとっていても、見る先が正しければいいのだ。困難な研究や仕事のブレークスルーには、幅広い知識に裏打ちされた大局観が必要だということを強く感じた。書くのは簡単でも、実際はどうしても見かけ上の進み具合にこだわってしまうのが難しいところだが。
主人公の研究が一気に進み解読につながっていったのが、彼が職を追われ健康を害して、パリで集中して研究にのみに関わりあってからだったという事実や、彼が常に健康状態やお金を気にしなくてはならなかったこともまた、よりシャンポリオンを身近に感じさせてくれる。サイモン・シンの書いたもののような疾走感と面白さはそれほどないが、主人公兄弟の荒波の中を行くような日々の姿は、応援したくなるとともに、読んでいて苦しくもある。あらゆる意味で、長いスパンの大きな仕事をいかに成し遂げるか、ということに関して大きな示唆をくれ、勇気づけてくれる本。