松本清張「小説日本芸譚 (新潮文庫)」

運慶、千利休世阿弥、光悦など、日本史における芸術家たちの人物像を、その作品と資料から著者が再構成して短編小説として提示する試み。
どの人物にも、芸術で生活が成り立つのかという恐れ、一方でひとたび頂点を極めればいつかは落ちるかもしれないという恐れ、そういった、ある意味ベタな人生の葛藤があるなかで作品が生み出されてきたという姿が描かれている。
自分のやりかたと違うやりかたで世に評判を得る同業者、自分の突き詰めた方法をより上手くやるライバル、そういった自分を脅かす存在が出てこれば、自分の仕事の今後に不安になるのももっともだ。さらには、成功を手にすればするほど、やっかみや自分のした仕事への批評も厳しくなっていく。しかし、そういった不安の中から、それでも自分は自分でしかなく、やってきたことを突き詰めていくしかない、と思い切れるに至るまでの過程に面白さがある。
自分の芸術を追求しまた世に知ってもらいたいという自我の前では師匠や子どもですらある意味邪魔に思えてしまうような気持ちなども、考えさせられる。興味深い切り口の、味わいのある短編集。