山本紀夫「ジャガイモのきた道―文明・飢饉・戦争 (岩波新書)」

ジャガイモのきた道―文明・飢饉・戦争 (岩波新書)
かなり近い時期にまるで同じようなタイトルの新書が出るのは、流行のトピックでもない限りなかなか珍しいように思った。
伊藤章治「ジャガイモの世界史―歴史を動かした「貧者のパン」 (中公新書)」 - 千早振る日々
しかし、かなり毛色が違っていて、上の本とはまったく別に楽しめた。
これまで、ジャガイモの原産地であるアンデスの高地では、トウモロコシが主食で、ジャガイモはあくまで食べていたとしても副食的な役割しかなかったと考えられてきた。しかし本書の著者は、ジャガイモは一般の人びとの普通の食事として盛んに食べられていた、すなわち、インカ帝国を築いた人々の文明の食料基盤になりえていたのではないか、ということを主張する。トウモロコシは祝祭の時などに食べられていたもので、基本的にはジャガイモが多く食べられていたのではないか、ということだ。乾燥イモというアンデスに特異的な加工技術の存在や、さまざまなスペイン人や現地の人の文献などからそうした可能性について語っていく2章のあたりは、非常に興味深い議論を展開している。また実際、現在でもインカ帝国の末裔の人々がジャガイモを主食として高地で暮らしている様子を著者が実地に体験した6章なども、その目で見たことはさすがに説得力が違い、面白かった。
またそのジャガイモが、同じ高地でありながらその作物の存在などまったく知られていなかったヒマラヤという場所での生活に確実に根付いていく様子は、ジャガイモの作物としての魅力とパワーを裏付けている。
ヨーロッパや日本で、貧困や飢餓がジャガイモの普及に果たした役割について述べるところは先に出た中公新書と似ているが、ジャガイモの普及に尽くした人物や歴史上のエピソードとしての面白さに焦点を当てているそれとは異なり、上に述べたように民俗学的なアプローチでジャガイモという作物の歴史と現状に迫る本書は、その点若干専門的でありながら、わかりやすく、しかも議論の奥も深い良書となっている。ジャガイモの育つ環境は非常に幅広いことに加えて、ジャガイモは考えられているほど栄養が偏ってはおらず、ビタミンやカリウムも豊富に含んでいることなどは、その食用作物としての能力の高さを物語っている。こうした知識もふんだんに盛りこまれており、植物学から民俗学に鞍替えしたという著者ならではの、ジャガイモという植物の特徴をしっかり考慮した考察は、我々にまったく別な興味を起こさせる。…これからの食料難が予想される世界で、ジャガイモの役割は思ったよりずっと大きいのではないだろうか?
今年は、『国際イモ年』であるらしい。安くて美味しいジャガイモを食べつつ、この面白く、実に示唆に富む一冊とともに、その来るところについて思いをめぐらしてみてはいかが。