日本経済新聞社編「日本電産永守イズムの挑戦 (日経ビジネス人文庫 ブルー に 1-32)」

精密なモーターの生産を手がける日本電産の社長の永守さんは、テレビなどでも名経営者として良く取り上げられている。その経営の真髄にさまざまな角度から迫るドキュメント。単行本で出ているのは見たことがあって、文庫で出ているのを見て即購入。
スケートで有名な三協精機を、「一人もリストラしない」というポリシーで買収し見事に再生したその一部始終をメインの話題として取り上げ、彼の生い立ちや、日本電産の成長とともに示されてきた永守社長の経営術について述べる。社長が一番働かなければいけない、というスタンスのもと、買収先に積極的に出向いて、手弁当で一から変えていく。買収される側が、ハードワークで知られる日本電産に買われるとどうなってしまうのだろう、と心配するほどの会社ではあるが、社長自らそこまで下りてきて一緒にやるというそのやり方は実に丁寧で、すごい。
『技術が高くても、それが儲けにつながるかは別だ』と話す社長が、原価やコスト意識を社員に叩き込むところからやっていく会社再生の様子を追っていくうち、自然と会社経営において重視すべき数字やポリシーについても学べてしまうお得な本である。
それにしても、ある程度知っていたとはいえ、永守さん、実にパワフルな人だ。特に二章で、高校、大学とすんなり進学できるだけの家には生まれなかった彼が、負けん気の強さと、戦略としか言いようがない計画性で自分の道を切り開いていく様子は、「この人は特別なんでしょ」「凡人にはできないし」と言いたくなるような迫力に満ちている。煙たがられながらも、ここまでの意識と向上心の高さが彼を目標へと向かわせるのだろう。
しかし、経営者としての彼は、『誰か一人の特別な人間の力ではなく、百人の意識の高い普通の社員の力が会社を動かしているのだ』という考えのもと、そういった力を引き出す経営を行っている。自分には厳しく、そして他人(にも優しくはないが)の力を伸ばそうと全力を傾ける。

『地位や権力で人を動かすことは良策ではない。自ら実力をつけて範を示し、人を動かすことに全力をあげねばならない(p331)』
『”歩”の人材を確実に育て”と金”にする。それが経営者である私の仕事だ(p332)』。

これこそが上に立つものの心構えだし、少しでもそういう構えを持ちたいものだなとおもった。こうした構えがとことん貫かれていることは、この本からで十分に伝わってくる。

細かいところもとても面白くて、紹介したいところはたくさんあるのだが、きりがないので一つだけ感銘を受けたところを引用したい。永守社長が、勤めていた会社を辞めて独立しようとするとき、母親の強い反対を受けたそうだ。何度も何度も説得したあげく、母親が彼に語った言葉がすごい。

『どうしてもやるなら、おまえは人の倍働くか。自分は倍働いた。そのおかげで土地をたくさん買って、完全な自作農になった。倍働いたらできる。お前も倍働く気があるか』(p218)

とてもうちの親にはいえないセリフだ。しかし、好きなことをやって生きたいと考える全ての人が心に刻んでおきたい言葉のようにもおもえる。苦労してでも好きなことをやりたいなら、人の倍働くくらいの覚悟でやれよ、というこの言葉を、自分の親にでも言われたつもりで覚えておきたい。
会社の業績向上は工場と仕事場の清潔さと整頓からはじまる、というこの会社の方針をもっともだと思ったので、読み終わってさっそく自分の机周りをきれいにしてみた。こういう本を読んだらすぐに何か実行に移すこと、一つでも大事な考えを頭に刻んでおいて、それを毎日意識していくことこそが、少しずつ仕事の質を変えていくのだろう。
みっしり読みどころのつまった、全ての働く人におすすめしたい。