杉原厚吉「理科系のための英文作法―文章をなめらかにつなぐ四つの法則 (中公新書)」

タイトル通り、英文の書き方についての本。特に「文と文のつなぎ方」に焦点をあてて、意図を正しく伝えられる英文を書くポイントを客観的で形式的な指針で示そうとする面白い試み。
この本は、あくまで「文と文のつなぎかた」に話したいことを絞っている。それが逆によいと読んでいて思った。しかし、もしそもそもどういうアウトラインで文章を書けばいいか、たとえば文章全体での起承転結のつけかたとか、段落ごとの役割だとか、いわゆるパラグラフライティングについて勉強したい場合には、別な本をあたるべきだろう。
逆に言えば、英語における文と文のつなぎ方に関しては、ここまで極力客観的に、誤解のない文章を書くためのポイントを読みやすくまとめてくれた本はそうないように思った。

この本の主題の一つは,文章構造を大局的立場から眺め,文章の流れをコントロールしているいくつかの仕組みに焦点を当てることである.このような仕組みをほんの少し意識するだけで,文をつないで文章を構成していく作業が非常に楽になるのである.(p32)

この言葉に違わず、これは役に立つな、と思うところが実に多かった。誰でも、実際に論文を書く際に、それとはなく気をつけている点があると思うが、それがなるべく誰にでもわかる言葉で示されているので実に納得する。

章は6つに分かれ、この本のポイントと意図を説明する1章のほか、それぞれ次のようなポイントを解説してくれている。
2章:文と文を流れよくつないでいくために、文と文の関係を示す接続詞や副詞を積極的に使う。
3章:読んでいて誤解のない階層構造で節や文をつなぐ。具体的には、伝えたい意味の構造となるべく似た並びで文を作る。
4章:似た動詞でも、それぞれ構成する文の形が異なる。英英辞書を活用する。
5章:情報は古いものから新しいものへと並べる。
6章:文を語る視点をなるべく統一させる。(受動態と能動態が混ざるときは特に注意)
どれも基本的といえばそうだが、これらをきちんと意識して文を書いていくことはなかなかできていないものだ。試みに自分の書いている英文をこれらの観点から見てみると、特に情報の並べ方や文を語る視点の統一などは、意識せずに英語を書いているとまったくできていないことがよくわかる。何度も読み返して、書いてあることを自然に意識していけるようになりたいものだ。そういう意味では、この本は、日本語では書く内容はきっちりわかっていて、実際に英語を書いていくようなとき、それを推敲していくときにぴったりだ。

この本の著者が危惧している通り、確かにこの本が推奨する「望ましい」文章は、実際のネイティブが読むと単調だったりカチカチしているように感じられるのかもしれない。英文など校閲に出したほうがいいのだ、と思う人もいるかもしれない。しかし、これらは『少しも重大な欠陥ではない(p161)』と著者は言い切る。科学者(や理科系の仕事)にとって英語はあくまで道具であり、意図が伝わる論文を自分で書けるのが一番いいことは間違いない。
実際、校閲を頼まない研究室は珍しいらしい。しかし、おそらくこの本に書いてあるようなところに注意して推敲をしたこれまでの論文は、特別なクレームにあったことはない。「論文作成法」などと書いてある手軽な本を読んだり校閲を頼むくらいなら、この本をしっかり読んで、そこに書いてあることを意識して英文を作成するほうが、どれだけ自分のためになるかわからない。
あとがきがまた興味深い。そもそもこの本は、著者が、大学で学生の書いた原稿を添削する際に、『こっちのほうが良さそうだと"感じる"(p166)』だけでなく、『人の書いたものを直すためには"明確な理由"がいる(p166)』と感じ、学生からの抗議に対して「こういう理由でこっちの方が望ましい」と説明できるようにするためにいろいろ考えたのがきっかけだとのこと。添削をするボスや先輩は多いかもしれないが、直す際に一つ一つの理由を説明してくれる人はほとんどいないだろう。実に、まじめで真摯な態度であり、見習いたいものである。
そんな著者の、英語を専門にするものではないからこその真摯さと親切さがいっぱいにあふれた、実にコストパフォーマンスの高い本である。英語を必要とする全ての理科系の人間、のみならず、日本語においても誤解のない、分かりやすい文章を書きたい多くの人におすすめしたい。