長山靖生「貧乏するにも程がある 芸術とお金の“不幸"な関係 (光文社新書)」

歴史上の有名な文学者と、その金銭に関するあれこれについての話題から、文学とはいかなるものであるべきかを語る。
個人的にはこういう話に単に興味があるのでさらさらと読んでしまったが、この本の中身に興味を持てるかはかなり個人差があるだろう。
夏目漱石朝日新聞との交渉のうえ、東大教授の職を蹴って専業作家となったいきさつは良く知られているだろうと思う。この本でももちろんこの話は出てくるが、その他にも著者は、漱石の交渉の詳細やその人生設計だけでなく、彼の金の貸し借りなど多少下世話ともとられそうな金銭に関わるエピソードを存分に並べていく。漱石が脱税しようとしていたのではないかとか、弟子の芥川の交渉の仕方との比較などについても述べられており、知らないこともけっこうあった。
ここまでしつこく並べてまとめられるのも、著者が、作家という生き方と、金について常に深く考えているからこそであろうと思う。芸術を金に苦労しながらやることとはどのようなことか、ということが、この本では文学という側面からだけだが、考えさせられるように書かれている。文学を見るときの一つの切り口を提供してくれているという点で、面白い本だ。
同じように、科学者がいかに金に苦労しながら発見を成し遂げたか、などという話をまとめても面白そうだ。既にあるかもしれないが、あまり読まないのはなぜだろうか。
とらえどころのない印象の本だが、現代の作家について紹介して、文学の面白さを垣間見せてくれる最終章がよかった。いろいろ読んでみたくなる。最後のほうに述べられた以下の意見は、一つの偏った見方ではあると思うけれども、そういうものを打ち出してくれないと本というのは面白くない。

…小説は他人から見えにくい人間の特性、なかでも負ける側の赤裸々な現実を描き出してナンボのものだ、と私は考えている。(p234)