入不二基義「哲学の誤読 ―入試現代文で哲学する! (ちくま新書)」

率直に言って、変な本ですよね。いやほめことばです。(あとがきより、野矢茂樹のコメント)

入試現代文の哲学の文章を読み解いて、問題設定のおかしさや各予備校が作った解説の誤読を指摘する実に興味深い試み。入試シーズン真っ最中。もう思い出せないほど前のことを懐かしく思いながらこの本を読んだ。考えてみれば、現代文はとても好きだったのだ。
しかし時間がかかった。非常に模範的な読者だったと思う。4つの文章が収められているのだが、それぞれについて何回も読んできちんと答えを作ってから著者の文章を読んでいった。丁寧に一文ずつ引き剥がしながら読んでいく面白さ。著者の読み方と同じだったときのすっきりした感じと、違ったときのズレをたっぷりと楽しませてもらった。
哲学の文章を読んだからといって、「哲学をする」必要はない。しかし、そうするしないに関わらず、文章を読むことには、誤読がつきものだ。読解力がなければないで誤りが生じるし、下手に読解力があると逆に、既知の人生論や哲学の歴史の知識にひっぱられて、独断で文意をゆがめてしまう。著者が指摘している予備校各社の現代文担当の人たちの誤読も、骨太の文章を読んで力が入るのもあるだろうし、彼らの知識と博学さがそうさせるところもあるだろう。哲学の文章は、偏見や思い込みなしに、常識をいったん置いておいてとことん読む必要があることを思い知らされる。
収録されているのは、野矢茂樹永井均中島義道大森荘蔵の各スター哲学者たちの文章。後書きに書いてあるように、著者が尊敬し、またその才能に憧れる4人である。前3人は何度もいろいろな本で読んだことがある方々だが、その師匠格である大森先生の文章に初めて触れられたのもこの本のおかげである。こうした方々の骨太な文章を変な読み方をされることに、著者は耐えられないものを感じていたのかもしれない。
文章の内容的にも実に面白いもので、実在論非実在論、などというとっつきにくそうな話題も、4つの文章を並べて読むことで理解が深まったように思う。4つの文章について、少しずつ用いる言葉や考えるスタンスが異なり、かつ内容が奥深くでリンクしている塩梅は、著者の絶妙なセレクトである。問題文に寄り添い読みながらも、問題文から一歩踏み出して新たな哲学的論を述べる著者のスタンスが、バランスがありつつ読み応えもあり、とてもよい。
それぞれの文章を基にして新たに魅力的な論を立てられる、ということからも、収録されている文章の面白さがわかるというものである。もちろん、それをうまく料理した著者の文章自体もおもしろい。
個人的には、二章や四章に代表される、過去や未来についての実在論非実在論、さまざまな位相での考え方は、宇宙にしろ、生命の進化にしろ、過去を納得する形で再現して提示してきた科学のあり方についても考えるきっかけになって面白かった。いろいろな立場がありながら、合意を得られた手続きとして科学が明らかにしてきたものは大きいし、自分もそれに準拠して仕事をしているが、それを一段階引いた立場から考えてみることはためになったと思う。
これはあくまで自分が注目したところだが、この本は、読む人それぞれによって異なったところ、読むたびごとに違ったポイントに注目できるようなところがあって、それもまた魅力なのではないかと思った。もちろん、解答をつくらないでさらっと読むのもよいが、じっくり解答を作ってから読む面白さはなかなか他にはない。これはぜひ続編が出たら読んでみたいものだ。