三村芳和「酸素のはなし―生物を育んできた気体の謎 (中公新書)」

研究者といっても、ちょっと分野が違ったり自分のやっていることに関連がないことを知らなくても済んでしまうものである、ということをわが身をもって思い知らされてしまった。ちょっとかじった程度で、説明もできなければわかったとも言えなかったようなことがずいぶんこの本のおかげで明るみに出たのである。
何回聞いてもピンとこなかった「酸化」と「還元」の意味が、実に多様な例で説明されてようやく感覚として納得できるようになってきた気がする。小学生でも知っている呼吸に光合成、さらには生体防御機構に至るまで、生物の体内は酸素という物質の「酸化力」を利用したさまざまな働きで支えられている。そのことを『走るとなぜ息が切れるのか』という疑問を手始めに、次々と例を出して納得させてくれた感じだ。
酸素の話にとどまらず、生物にとってエネルギーを作ることとはどういうことか、という問いにも話題を広げて答えていくところは、実に読んでいて魅力的な流れであった。
さらには、酸素がほとんどゼロだった原始地球から、酸素濃度がどのように移り変わり、いかにして生物がそれに対応してきたか、の歴史もまた語られる。地球史と生命史を酸素を軸に説く語り口は読ませてくれる。
高校レベルの生物が既習であれば読みやすいと思うが、そうでなくとも、丁寧に読んでいけば意図するところをつかみとることはできるはず。若干とっ散らかった印象もまた魅力のうちで、臨床医学にたずさわる著者が『酸素について勉強しなおした』ということを述べるあとがきを読んで、非常に納得した。上から教えるのではなく、読んでいる読者とともに勉強しているような気持ちにさせられるのはそのためだろうか。必ずしも完璧な専門家でなくとも、いつでも学びなおして、それを人に見せられる形でまとめることは十分できるのだ。そして、読んだものに考えさせ、学ぼうという気にさせることはできるのだ。逆に、それができるのが、真の勉強力を持った人間ともいえるのかもしれない。
ありがたさもわからず毎日用いていながら、しかし実のところは、『何でも燃やしてしまう』『魔性の気体』である酸素から地球と生命を語る一冊。