吉越浩一郎「デッドライン仕事術 (祥伝社新書)」

「残業ゼロ」という難しいがシンプルきわまりない目標をかかげ、そこから手をつけて社内全体の意識改革につなげたやりかたが真新しかった。残業をなくせば残った時間で効率的にやるはずだ、という芯の通ったアイディアから仕事の効率を高めていくやりかたは、下手な「意識改革」を唱えるよりもよほど効果的だろう。なにしろ、早く帰れるなら早く帰りたいのは誰でも同じだからである。
実際、残業をなくし仕事の効率化を図った著者の会社では、中途採用で入ってきた社員が社内の仕事のスピードについていけず辞めるものが多かったという。これはこれで極端で驚くべき事例だが、そこまで突き詰めて仕事をやろう、時分の時間もしっかりとろう、とするスタンスに驚嘆させられる。同時に社員の数も少しずつ減らしていったというから、残業ゼロで仕事をする残った社員はかなりの少数精鋭となったことだろう。確かに、我々はどうしても仕事中なのにだらだらしてしまう。そして時間を浪費するのだ。しかし、それは仕事ではないと著者は言い放つ。次のセリフは強烈で、しかし当たり前といえば当たり前で、それがなかなかできない弱い人間の心に刺さる。

朝から夕方まで八時間、クタクタになって頭が痛くなるくらいまで集中して働き、家に帰ってからリラックスした時間を過ごすのが、本来あるべき姿ではないだろうか。日本ではそのリラックス・タイムを会社に持ち込んでいるから、残業がなくならないのである。(p30)

この徹底した、公と私の分離にかける心構え。社長のこの姿勢があってこそ、残業ゼロで仕事の効率化を図るとともに、社員のワークライフバランスの改善も成し遂げられたのだろう。この本では、『午前中が勝負』とか、『デッドラインの基本は「明日」』とか、実践してみたいアドバイスも満載なのが実にありがたい。
今たずさわっている研究という分野でも、やはり「朝から晩まで」が成功への近道とされている。しかしそれでは、子どもを育てながらとか、家庭との両立とか、そういうことはできない。そういうことを目指しているようでは二流と言われるかもしれないが、時間が限られていても、できる人はできているのだ。徹夜する覚悟があるなら、どうしてもっとやるべき時間に集中してできないのか。デッドラインを区切って集中することは誰にでもできるはずではないか。この本は、そんな覚悟があるのかを読むものに問いかける。
それにしても、「残業ゼロ」作戦のみならず、おおまかな目標を設定して、一歩ずつ進んでいくという著者の経営姿勢のわかりやすさは、徹底している。経営者でなくても、部下が少人数の小さなチームでも実践できる内容だからこそ、誰もが手に取ってみる価値がある。内容は特に多くはないが、濃くてシンプルな技がちりばめられたなかなかお得な一冊。