福土審「内臓感覚 脳と腸の不思議な関係 (NHKブックス)」

緊張すると腸の調子が悪くなり、腹痛などを伴うことは経験している人も多いだろう。こういった症状は「ストレスですよ」とか「心因性のものですよ」などといって片付けられてしまうことも多いだろうが、社会生活に支障をきたすまでになると、りっぱな病気なのだろうだ。過敏性腸症候群IBS)という名称までついている。
この本のタイトルどおり、著者はこのメカニズムの解明に向けて、脳からどのような信号が腸に伝わって便通異常などを引き起こすのか、について研究を進めている。その一端を紹介したのがこの本である。
シナプスやホルモンの話は面白いし興味深いが、若干込み入っていて難しい。しかし、それを補って余りある、著者の、IBSを病気として位置づけ、悩む患者さんを救おうとする意気が一貫して伝わってくる。科学者としての著者は、そのために、どのような便の形で、どのくらい腹痛が続いて…だとIBSである、と定義づけるところからはじめる。分類と定義をしっかりすることで、対処が変わってくるからである。細かいものの、そのあたりの意義がきっちりと伝わってくるので納得してしまう。
では全員をこの基準で診断してホルモン療法などで治していけばいいのかといえば、それにも難しい問題がつきまとう。すなわち、「ストレスですね」ではなく、ただ薬をぽんと出すのではなく、きっちりIBSだと診断し治療していくには時間がかかる。医師としての著者は、そこまで手間をかけようとしない医者が多い状況、かけようとする意気のある医者がいたとしても報われない現状に警鐘を鳴らすことも忘れない。IBSよりもっと難しい病気はたくさんある。しかしIBSのような周囲から見るとたいしたことのないように見えても、その症状を抱えた患者にとってはそのことで頭がいっぱいになるくらいの負担なのである。著者の熱意はそうした患者への共感に満ちている。
研究が進むことで徐々に病気を制御できることも多くなるだろう。より悩んでいる人を助けるような研究の発展に期待したい。同時に、本書でも触れているが、こうした研究から得られる脳と腸の関係についての新たな知見もまた興味深い。