京極夏彦「邪魅の雫 (講談社ノベルス)」

友人に借りて出る作品を全て熱心に読んだのは高校生の頃だったろうか。10年ぶりに、別な場所で再会し親しく付き合うようになったその友人が、読んでみないかと貸してくれたのがこれ。彼といろいろ行動をともにし、話していた頃も、そのころひたすら読んでいた京極さんの本の記憶とあいまってもはや懐かしい。
それでも、この例によって枕のような本を読み始めるには勇気が必要で、半年以上積んだままになってしまった。読み始めると速い速い。無駄な知識がついた今のほうが、10年前よりも面白く読めている気がする。前は、登場人物と筋についていくだけで精一杯だったかもしれない。今回の作品で殺人に用いられる「物」の裏にある戦中から戦後の昭和史の話なども、今だからすんなり想起できるものだし。

さて本作。事件は錯綜するが、終着点は比較的見えやすい。からくりや謎よりも、人間の、消そうと思っても消せない醜い部分を持つ悲しみが印象に残る。凶悪な犯罪者とは呼びがたい、普通の人間の心理がどのように変化していくのか。トリックいかんではなく、犯罪に至ってしまった動機やその人物の生き方を中心にじっくり書いていくやりかたが、いい。
ミステリーが好きです、という人が持っているような知識や読みの深さがないだけに、最近の著者の作品の評価はわからないのだけれど、自分にとっては、読みなれた安心感のもとに戦後すぐの時代の雰囲気を楽しめる、好きな作家さんである。
最近は映画化もされているようだし、できれば前のほうの作品から読んでいくのが楽しいと思う。でも、もちろんレギュラー陣の性格や背景知識はちゃんと説明して先に進んでくれるのでこれから読んでも安心。
またいろいろ、読んでいない間の作品なども読んでみたくなってしまった。