佐藤克文「ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)」

また一冊、全ての人にお勧めしたいサイエンスの本が誕生した。
陸上や空で生活する動物の生態は比較的観察しやすい。どのように暮らしているか、どう動いているかは映像でも、眼でも観察できる。では、海の中で生活する動物はどうやって観察すればいいのか?彼らはどのように泳ぎ、餌をとり、暮らしているのか?
ペンギンやアザラシなどの海の動物を対象にして、そうした動物の行動を解明しようとするのが著者の専門である。大学院生のときにカメに測定器(「データロガー」)をつけるところから著者の研究人生ははじまり、動物はペンギンやアザラシに広がり、さらに行動範囲も南極や南の島にまで広がる。
データロガーと呼ばれる測定器は、さまざまなデータを測定しうる。シンプルなところでは動物の体温を測れるもの。さらには動物が泳いでいるときの加速度や深さを合わせて測れるものもある。また、写真画像を所得できるものも開発された。これらを用いて得られた結果が本書で紹介されているが、これがまた実にシンプルかつ、魅力的なものだ。ペンギンがどのように潜水して浮かんでいるのか、アザラシは何のために潜っているのか。その結果自体も(当たり前だけど見ることもないので)驚きだが、その結果の説明も実に面白い。全部、教科書に載っているようなことで理解できてしまうのだ。
面白いサイエンスの本は「わかりやすい」と感じることは多いが、これほど疑いなく誰にでもわかりやすい本はなかろう。著者が最終章で書いてあることには、まったくその通りだと思わざるをえない。

本書では、この研究分野で今何が起こっているかを正直に記述した。読んでもらえばわかるとおり、小学生から高校にかけて学んだ程度の知識を基に、世界最先端の動物研究が展開されている。得られる成果は重箱の隅をつつくような小難しい話ではなく、小中学生にも理解できるようなわかりやすいものばかりである。(p279-280)

やはり研究はこういうのがいいよな、と羨みつつ考えてみると、こうした研究を成り立たせているのは、なんといってもペンギンやカメに取りつけるデータロガーである。著者の前の職場のボスである内藤教授のリーダーシップのもと、世界に名だたる日本のメーカーがさまざまな要求に応えて作り上げてきたものだとのこと。
この「バイオロギングサイエンス」という分野を強く押し進めてきたのが、データロガーの開発に大きく寄与した内藤教授だとすれば、本書の著者は、その分野において面白い結果を次々と生み出すとともに、この本によって、その分野の面白さを十分すぎるほど伝えることに成功している。
いや、堅苦しいことを書くのはやめよう。分野の話だの結果のおもしろさだのの話もいいのだけれども、この本はただただ読んでいて面白いのである。中学校くらいまでの理科の知識があるとなおのこと、そんなものを忘れてしまった、サイエンスに全く興味もゆかりもない人が読んでも面白い。
これは読んでもらうしかないのだが、営巣地にたくさん並んだペンギンをパチンコの釘に例えるところや、ペンギンやアザラシにデータロガーを取りつけるときの動物の動きの記述が、著者は意識していないかもしれないがくすっとしてしまうおかしさがある。動物たちと格闘する著者の姿を本書の文章から想像すると、ときにはその姿があまりにもおかしくて笑ってしまう。テンポが良くて読みやすい文章とともに、その巧まざるユーモアがたまらない。
実験に用いた動物の紹介ページが挟まれていたり、読みやすくする工夫もしっかり。写真もたくさんついていてかわいい。
動物をほとんど扱わないゲノム研究や重箱の隅をつつく研究とは全く異なる、生の動物と向き合い根本的なことを明らかにする研究の面白さが嫌というほど語られるところは、「解剖男」こと遠藤秀紀さんにも負けていない。第一線の研究者の熱さを存分に味わえる。おすすめ!