岩城宏之「音の影 (文春文庫)」

惜しくも亡くなられた名指揮者であり名エッセイストである著者の本はいつもおもしろい。これも文庫で見かけて即ご購入。AからZまで、順番にそれらの文字から始まる作曲家についてのエピソードを明かしていく。ただし、ためになるかどうかはわかりません。Mも「恐れ多い」とかいう理由でモーツァルトではない。そのへんの破天荒さがまた、おもしろい。
ずいぶんな歳になりながらも、また世界的と呼ばれる指揮者でありながらも、音楽に関して、自分の無知なことや最近知ったことも堂々と書いていく。そういう著者の姿勢からか、この本を読んでいると、読者も一緒に勉強したりおもしろいことを知ったりしているような気分になれて、それがとても心地よい。
クラシックの一曲一曲に思い出がある。遠き日のガールフレンドを思う一曲、武満徹さんを偲ぶ一曲、魂が震えて思わず黙って歩いてしまった一曲…どれもこれも、クラシックに疎い自分でもなんだか共感してしまうエピソードでいっぱいだ。山本直純さんとのどたばたしたお話もおかしい。
文章は曲を伝えられないから嫌だ、と書きながらも著者は、それを聴いたときの自分の思いはしっかりと読者に伝えてきている。いや、伝わってしまっている。
特別な思い入れがあるわけでもないし、著者のこともそれほど良く知らない。ただ、この本の一ページずつに彼の人生の場面場面が映し出されているのかなと思うと、すこししみじみする。