奈良文化財研究所編「奈良の寺 ― 世界遺産を歩く (岩波新書)」

突然だが、奈良に一人歩きに行くことにした。
実は、修学旅行でも家族で旅行でも訪れたことがなかったのだ。京都のお寺はけっこう回ったのに、奈良は足を踏み入れたこともない。夜行バスと、ユースホステル。大学生になったばっかりじゃないんだから、という感じの組み合わせである。
というわけで買ってみたのがこの本。しかし、これがただの中高年向けのお手軽ガイド本ではないのが驚きであるとともに、嬉しかった。あそこのお寺のあれがいいんですよー、と憧れを誘うというよりも、その建築学的とか歴史学的な背景を丁寧に丁寧に解説してくれる。
著者もおもしろいでしょう?文化財研究所、という名前がいい。そこにいる、おそらくは歴史や文化や建築の研究員たちが、自分のお寺や発掘物へのこだわりをひたすら語るのだ。木簡にこだわる研究員がいれば、古代のトイレの跡が今熱いのだ、と述べる人もいる。お寺の軒先の、「この添え木」が価値がある、すばらしいものなのだと言われてもいまいちピンとこないのだが、熱さは伝わる。
確かにそうだ。風情とか、主観的な感動とか、そんなことは見たときに感じればいいのであって、本で紹介してくれなくてもいいのである。そういう意味では、とことん行く前に読む解説本というスタイルを貫いている。うんちくが一冊に溢れるようにつめこまれている。
そしてもう一つ感じること。古寺は単にそこに残ったものではない。残されたものなのである。ただ残すといってもたいへんで、昔のつくりはどうだったか、とか、歴史的におかしくないか、とかそういうことを徹底的に調べて、修理したり再現したりするのである。使われた木の年代を調べるのにも、昔何に使われていたかを古文書から読み解くにも、全て学問の力に助けられているのである。寺を見る目がこれを読んで変わった。
そういう力を信じる、そして生かそうとする人たちの、愛情に満ちた奈良の寺の案内書。地味なタイトルだが、これはおもしろい。行く前に読めてよかった。