梨木香歩「ぐるりのこと (新潮文庫)」

最近お気に入りの梨木香歩さんによる、エッセイ集。最相葉月さんによる解説から、この本のエッセンスを書いてある部分を引用させていただく。

…個人が「個人の生」を生きながら、同時に「時代の生」をも生きなければならないことのむずかしさを、ニュースや梨木さん自身の身の回りの出来事を挙げながら、丁寧に解きほぐし、今と異なる新たな段階へと思考を進め、世界に心を開いていこうとする試みだった。(p216)

著者は実によく不思議なこと、疑問に思ったことを調べる。作家だから取材し調査するのは当たり前なのかもしれないが、エッセイでよくありがちな、ただ印象で思ったことを書き散らしたりする文章を書かないところに誠実さを感じた。
この時代における世界の問題に『しょうがないなぁ』と嘆きながらも、一歩一歩世界との接点を見出して前に進もうとする。その真面目さと、著者特有の感受性がバランスよくかみ合った文章の数々は読んでいて押し付けがましくなく、むしろ爽快さすらある。
自意識とか、自分の周囲何メートルにおける人間関係の葛藤とか、狭い領域の問題意識を書いただけでは多くの人をひきつけることはできない。それが社会とつながってこそ、多くの人に届くのだろう。どこかで社会と個人の関係を考えざるを得ない現代において、著者の持つ強い問題意識こそが、根のはった深い物語を生んでいるのだろうと思った。