斉須政雄「少数精鋭の組織論 (幻冬舎新書)」

新たに社会に出る人や、新たな職場で働く人だけでなく、これまでと同じ仕事を引き続きやる人にとっても、4月は新たな気持ちにさせてくれる。新しい人が入ってきたり、顔ぶれが変わったり。もちろん、変わらないものもあったり。そんな時期にぴったりの勇気をくれる本。
著者は、三田の「コート・ドール」というフランス料理店のオーナーシェフ。そんな彼のスタイルと哲学は、こちらで知って、「調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論 (幻冬舎文庫)」という本でたっぷりと感じることができた。今度は、新書で「組織論」とついた本だけあって、オーナーシェフとして、子どものような年齢の後輩シェフにどう接して強いチームを作っていくか、というあたりに触れている。
60近くになってなお、『さびないように』若い人と同じ目線で現場に立つのはなかなか難しいだろう。偉くなってあれこれと指示するだけのほうが、その歳にもなると効率的に儲けられるのだろうけど、著者はそうされて嫌だった経験からそうした立場をとらない。自分の得てきたもの、経てきた過程、考えてきたことをいかに若い人にダイレクトに感じてもらうか、盗んでもらうか、そして若い人と自分とで相乗効果を生み出せるか、ということを考えて現場に立っている。これはまさにともに歩む教育者としての態度だ。
そうしたリーダーの態度が、『屈託のない』『堅牢な』チームを作っていく。この本でよく出てくる、よいチームをあらわすこれらの形容詞は、個人が個人に固執せず、個人の利益を考えてぎすぎすせず、みんなが素直な形で全体を考えられるようなチーム、というような意味だ。
理想的すぎる?そんなことはないはずだというのがこの本を読んでの私の感想だ。それは、チームのリーダーの生き方と哲学によっている。リーダーが、『屈託なく』『堅牢な』精神を持って人に接せられるか、というところで決まると思う。それは、一人だけ勝ち逃げするような生き方とは対照的なもので、企業のトップなり大学の偉い人なり、でそうした生き方が素直にできている人がなかなか表に(マスコミなどで)出てこないのは悲しいことだ。プライドもある、人よりは苦労をしてきた、偉ぶってもいい年齢なのに、『ぼくはもう、「最初からぜんぶ手のうちをを出してしまうに限る」と考えています。(p121)』ときっぱり言えるような生き方もありなんだ、かっこいいぞ、と若者が思えるなら、そのチームは強くなれる気がする。
そうしたチームにおける自分の役割について触れるリーダー論のような話もありながら、上司との関係などいろいろな難しさを抱えながら仕事に立ち向かう読者に、どうすれば一人で立って自分の理想とする仕事をしていけるのか、ということについてのアドバイスも満載だ。いきなりまえがきでガツンとやられる。

たとえば料理の世界では、三十五歳ぐらいには個人の料理人としての器はだいたいわかってきます。それまでに勝負して成長していかないとなりません。ただし二十代の後半くらいまではほとんどがからまわりです。つまり自立に至るまでに勝負に出られる期間は意外に短いのです。これはもしかしたら料理の世界以外にいる人も知っておいた方がいいのかもしれません。(p4)

と同時に、自立したいと思う人に具体的なアドバイスもある。自立すればおわり、ではないのだと。

自立するのは、簡単なことではありませんし、自立した後も、長い勝負の毎日が続きます。自分の力しか頼れないからおのずと能力の範囲を自覚します。何が得手か不得手かがわかると、得手以外を削ぎおとしてゆくのです。ぼくが理想とする技術者はそんな人で、つまりあまり多くを欲しがらなくてもよくなるわけです。(p34)

ストイックすぎると思われるかもしれない。他人を利用してこそ大きな仕事ができるんだよ、と思われるかもしれない。しかし、まずは自分でしっかりとした力を持っているからこそ、ふりまわされずに自分を貫けるのだと思うと、この「多くを欲しがらない」という考え方は自立の基本にある。そういう姿勢でいられるから、歳を重ねても現場で、前述のようなチームの雰囲気を作れるリーダーとしていられるのだ。
いろんな成功の仕方、自立の仕方がある。たくさんの人を動かして、マスコミに注目されて大きな仕事をやってなんぼだ、という考え方もある。要領よく生きられる人は、それで富を得ていくのだろう。しかし、著者のような、要領が悪かろうと日常のことを続けていける強さ、理想を追いつづける精神の丈夫さ、を持って生きていくのはとても魅力的だ。他人に煩わされず落ち着いた心で満足して歳を重ねたい。自立とは、自分の人生のためのものなのだから。
この時期にぴったりの、勇気とやる気、そしてチームで仕事をしていくヒントをくれる一冊。

調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論 (幻冬舎文庫)

調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論 (幻冬舎文庫)