山田ズーニー「あなたの話はなぜ「通じない」のか (ちくま文庫)」

ほぼ日刊イトイ新聞」で長らく連載をしている著者の、3年前の本が文庫化。
小論文の指導に、コミュニケーションという観点を持って長く関わっている著者の文章からは、ネットでの連載でもそうなのだが、その心の熱さが伝わってくる。他人とのコミュニケーションを、ただのスキルとして捉えないスタンスがいい。
こんなものの言い方をすれば、こういう論理展開をすれば、自分の想いを伝えられるし人を説得できるのだ、とお手軽に提案するのは簡単だ。しかし、そういったスキルは多くの人がさんざん耳にしているはずなのに、それでも会議は空転し、口下手な人の思いは外に出ぬままで、押しの強い人の意見だけがまかり通ったりするのはなぜだ。誰かと話が通じなくてやりきれない思いをすることがなくならないのはなぜだ。社会に出て長い人がたくさん仕事をしているだろうに、それでもコミュニケーションの問題で人が悩むのはなぜだろう。
この本では、他人に自分の想いを伝えようとするときに大事なことについて、技術の面と、人間関係の面から読者と一緒に考えてくれている。仲がよくても、伝え方が悪いと伝わらない。伝える技術があっても、その言葉は相手との関係性の中でしか伝わらない。
上司との関係、同僚との関係、初めて会う人、長く付き合っている人…同じ仕事でもいろいろな関係があるし、それによって伝わり方も変わってくる。相手を理解し、正しく問いかけるにはどのようにすればいいのか。人間関係に悩む人とともに考えてくれる一冊がここにある。決して読んですぐにすっきりする言葉が書いてあるわけではないかもしれないが、読めば、人に想いを伝えるためにどのようなことを考えていけばいいのか、その問いを読む人に与えてくれる。考えさせてくれる。コミュニケーションは、インスタントな技術でどうにかなるものではなくて、相手との関係、自分の立ち位置をじっくりと考え、自分に問いかけていく作業を通して向上していくものであることを思い出させてくれる。
どんなに偉くなっても、ある組織で長くやっていても、それでコミュニケーションに関しては大丈夫、ということはない。立場は変わっていくし、人との関係も変わっていく。ほんとうならば、相手が何を理解して欲しがっているか、自分が相手に何を伝えたいか…尽きることのない問いかけが必要であるはずだ。自分の立場が安定したり、ある相手が自分に利益をもたらさないからといって、その問いかけをやめてはいけないはずだ。あんがい、そこを忘れてしまう人が多いように思う。それではだめだ、とこの本は言ってくれている。生きているあいだ中、人とどう気持ちを通じ合わせていくかは考えつづけなければいけないのだ。どんなに腰かけの立場でも、わずかな時間を過ごす人でも、自分が立場が上でも、安穏と人とコミュニケーションをとっていていい立場なんて、ないのだ。

うそがつけなかった。相手にも、自分にも。
だからこそ、人と関わるたびに、悩んだり、考えたり、表現を工夫し続けてきたのだ。どうしたら、自分にうそをつかなくても、人と関わっていけるのか。どうしたら、自分として人と通じ合うことができるのか。そのための考える力であり、伝える技術であり、その教育を仕事にし、なにより自分自身が学びつづけてきたのだった。


自分の想いで人と通じ合う、それが私のコミュニケーションのゴールだ。
(p24-25)

一冊すべてから想いが伝わってくる本だが、少なくとも、序章に書かれたこの文章だけで、僕はこの人の書くことを信じることができる。まずは、読んでみて欲しい。