野地秩嘉「エッシャーに魅せられた男たち 一枚の絵が人生を変えた (知恵の森文庫)」

羽生さんのお勧めの帯があって、ミーハーにも買ってしまった(解説も書いておられる)。
錯視などを利用しただまし絵、一定のパターンが繰り返され不思議な雰囲気をかもし出すポスター…。版画家、エッシャーの作品は、作者の名前こそ知らねど誰しもが一度は見たことのあるほどインパクトのあるものだ。
海外ではそれほど有名ではなかったこの版画家の作品が日本でこれほどまでに知られるようになったのは理由があった。この人の作品に引き込まれ、無名ながらも展覧会や雑誌の表紙に使って多くの人に紹介した男たちの存在である。
無名の版画家の作品を多くの人に紹介するには、それがいいものだからなんとしても紹介したいのだ、という思い、そしてそれを雑誌社の上司や展覧会で場所を貸してくれる人に説くだけの熱意が必要だった。この本に出てくる人間はどの方も、とても魅力的に仕事をしている。仕事はお金のためだけにするわけではない、と言うはたやすいが、実際にこうしてそれを体現した人たちがいたことに素直に憧れを感じる。
個人で9億のお金を払いエッシャーのコレクションを買い取ることを決意した男が、そのコレクションの一点一点に、解説を聞きながら目を通していくくだりがたまらない。自分でそれを一生抱えていこうと決意したからこそ見えてくる、その作品を作った人間の気持ちがあるのだな。多くの人にとって、そこまでの気持ちで何かの作品やモノに向き合うことが一生に一度でもあるだろうか。
エッシャーの絵が人の目に触れはじめた1970年代からこれまでの時代の雰囲気をよく映してくれているのも、読んでいて興味深かった。