村松秀「論文捏造 (中公新書ラクレ)」

韓国で、そして日本で…最近バイオ系の研究で話題になった論文の捏造問題。
しかし、巻き込んだ人の規模も、研究のスケールも段違いの捏造が物理の世界にあった。この本は、NHKで放送されさまざまな賞を受賞した、「史上空前の論文捏造」というノンフィクション番組を書籍化したもの。

過去に大きな不正事件を経験してきた医学界や生物学会にくらべ、厳密な実験に基づく物理学会では、再現性も強く要求されるため、捏造は起こりにくいものと信じられてきた。(p129)

このような物理学会で起きた本事件は、論文が発表された研究所と研究責任者のネームバリューもあって、発覚までに長い時間を費やし、実に多くの人を巻き込んでしまった。
番組の制作者である著者は、研究室の同僚、論文を受理した雑誌社、論文のインパクトに驚き追試しようとしたライバル研究室の研究者などにインタビューを試み、チェック機構がないままに捏造の規模を大きくしてしまった学会の状況を明らかにしていく。
捏造は起こってはいけないことだ。しかし、読みきれないほど多くの論文が出て、競争もいっそう激しくなり、秘密主義と狭い専門分野での研究が増えている現在、研究者の良心を信じるだけではあまりにナイーブに過ぎるというものだと感じた。著者が最終章で論じるように、捏造を最も確実に見出すことが可能であろう内部告発をためらいなくできるような機構を実際に作り上げたりしていく努力が必要とされていくのだろう。
でありながら、告発する機構の存在による影響について、著者はまたこうも述べる。

本来自由闊達に行われるべき研究が、犯罪者が紛れ込んでいるという大前提のもとに
強く監視されているような、そんな気持ちを抱く、ということである。そのことは当然、研究のパフォーマンスにも影響を与えるであろう。…(中略)…再現性の見えやすいような、当り障りのない研究や、受けのよさそうな研究をチョイスする傾向が強まっていく、という点も重大である。(p315)

競争に勝つために、困難な研究に手をつけるリスクよりも、当り障りなくそこそこのインパクトを求めるようになってしまうと、科学の意味すら問われてくる。お金になること、が求められている現在ではどんどん難しくなってきているのだろうが、プレッシャーなく研究をできるような状況を作り出せればそれが一番なのかな、と思わされる。

本書のもととなった番組は、近年の論文捏造騒動以前に取材され、完成されたものとのこと。少々長い本だが、謎を解いていくような面白さとともに、科学のあり方について考えさせられる有益な一冊。