「私を助けてくれ」なんて言えないものだ

人は、例えそういう状況をもたらしたのが構造的な問題であろうと、「自分がかわいそうだ、助けてくれ」なんてことは言い出せないものだ。
いじめにせよ、仕事上の苦難にせよ、よほど隠れた形で行われない限り、誰かが苦しんでいること・大変そうなことは少しアンテナを広げられる人がいればわかってしまうもの。「自分の置かれている状況はおかしい」と誰かに言わせてしまう時点で、その人のいる環境には大きな問題がある。
「自分がかわいそうだ」とは言い出しにくくても、「〜がかわいそうじゃない?どうにかしようよ」と言うことは年上だったり上司だったりすれば簡単だ。しかし残念ながら、人間は実に自分に利益になることしか考えない。じゃ、おまえ解決しろよ、ってことになるのをひどく恐れる。そんな面倒なことをして何の利益も自分にはないな、と一度感じてしまうと誰かのために動くことはまずないだろう。
だから、どんなに言い出しにくくても、論理的に「自分をみんなで救う必要がある」「助けてくれ」と訴えかけることが必要な場面もあるように思える。それを誰かが言い出さないと、また別な誰かが心に負担を抱えることになる。
温度差がある人間が一緒に何かをなすのは、これほどまでに難しい。