重松清「ビタミンF (新潮文庫)」

歳は37、8くらい。男性、会社員。関西以西の田舎から、18歳のとき、上京。バブル時に入社し、ひたすら仕事に励んできた。子どもは2人。家族の住むマンションは、高いローンで新興団地に購入した。少し老いを感じつつも、人生こんなものでよかったのかと思いつつも、戻れないままに日々頑張っている…。
こんな主人公たちの、家族とのつながりを描いた短編集。

読んでいるぼくは、主人公たちには5歳以上足りない。少しずつ成長していく子どもを持つ親の気持ちはわからない。でありながら、父子の関係について書かれた部分にはどうにも反応してしまう。
父とは、基本的に無愛想で、無神経なものだ。うちの父もそうだ。思春期の頃は何度ぶつかったかわからないし、今でも、仕事がものにならないんじゃないかとかいうことでは、完全に納得してくれたわけではない。
それでも、この本にある父の姿はなんだかよくわかる。父は、こうあってほしいと我が子に願う。しかし、自分ではないからなかなかその通りにはいかないし、話もうまく通じないし、子どもの様子がわからなくて遠くから見ているしかないことも多い。それでも、少しでも自分の生き方、生きてきて得たものを伝えようとする。
そうして、祖父から父へ、父から子へと、若い頃は反発し、だんだん社会に出てようやく納得するような長いスパンを経て、生きる哲学みたいなものが受け継がれていく。
そういうふうに思うようになって、もう5年くらい経つ。子どもが親と同じ目線で生き方について話せるようになるには、かほどに時間がかかる。

この本の父と子のエピソードは、そういうどうしようもない時間の隔たりとか距離、それでも少しずつわかり合えていくんだよ、という未来への希望みたいなものを感じさせてくれる。ほんとうに、優しい。