鎌田浩毅「ブリッジマンの技術 (講談社現代新書)」

人間は、自分の考え方の枠組み『フレームワーク』を持っていて、基本的にそれに合うものしか頭に入らないし理解できない、と著者は書く。読書においても、自分のフレームワークに合うものだけを気に入るのだという考えだ。極端とも言える。しかし、自分とは専門や仕事すら異なる他人と、会話を通じ合わせたり交渉をしたりするうえでは、このくらい「他人と理解し合うのは難しい」と思って心構えをしておいた方がいい、ということだろう。
この本は、この人によって違う『フレームワーク』を橋渡しできるような『ブリッジマン』になるにはどうしたらよいのか、について語られる。
内容は、残念ながらそれほど真新しいものばかりでもない。相手の言葉や態度から相手を知ること。逆に、自分がとらわれているフレームワークも把握すること。両者を知ったうえで、自分から変わること。自分がプライドを捨てて相手にうまく合わせること。
この、いかにして自分を変えるか、という際に、笑顔で相手に接したり、相手に同意していることを示すためにうなづいたりとまず形から入る(p106)というコツや、相手の言葉を良いように変換する癖をつけておく(p110)、負けカードを自分から出すことで相手に優越感を与える(p103)というアドバイスがされている。納得はするし面白いのだが、このあたり、ライフハック、みたいな感じで、既視感がある。
きっと、ビジネスでも、一般の人に専門的なことを伝えようとする研究者でも、真剣に他人と接して渡り合っていこうとすると、そのコツはだいたい似たところに落ち着くのだろう。むしろこの本の面白さは、そうした著者のつかんだコツよりは、著者が変わっていった過程についての話にある。
火山を専門とする著者は、一般の人や学生と接することの少ない研究所から大学の先生へと移籍して、『オタクな火山学者』から社交的な『ブリッジマン』と変わっていったという。その試行錯誤の体験談は、講義や講演の服装についてから、テレビでのコメントの際のはなし、さらには学生との接し方についてまで及ぶ。あ、失敗した、と思ったところから、だんだん自分を変えていった著者の話は、帯の、大学教授とは思えないファッショナブルな服装で教壇に立つ姿とともに、とても説得力がある。
研究者は、いくつものこだわりがあり、自分の「フレームワーク」がなかなか崩れないことが多い。それが大きな成果につながることも確かだろうが、著者のように、周囲の反応を見ながら自分を少しずつ変えていくという気持ちは、自分の研究を周囲に知ってもらったり、誰かを説得して学問分野の裾野を広げたり、次々と自分より若い学生を指導していく際にはとても重要なことだと改めて感じた。
著者の本を読んだことのない人は、ぜひ、『ラクして成果が上がる理系的仕事術 (PHP新書)』も読んでみてほしい。こちらは王道の知的生産本で、かなりおすすめ。

ラクして成果が上がる理系的仕事術 (PHP新書)

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