加藤秀俊「生きがいの周辺 (1978年) (文春文庫)」

35年も前、経済成長の時期に書かれた本を、古本屋で100円で見つけた。
当時は終身雇用の時代で、金とか地位とかプライドとか、そういうものがどれほど「生きがい」につながるのだろうかと著者は問いかける。本、映画、講談からの引用もあいまって、「生きがい」というタイトルだが説教じみていないおかしさがあちこちに感じられて、たいへん読みやすい。学生運動の時代背景を感じさせる記述も顔をのぞかせて、これも何となく面白い。
それにしても、今読んでも全く同じ問題が当てはまってしまうところが、この本が予言的だったのか、日本人が進歩していないのか、迷うところである。人は今ある自分になかなか満足できずに、可能的自我(なりえる自分、なりたい自分)を常に求める、という文章など今読んでも全く古びていない。
しかしこの本は、今ならそういう本が多いだろうが、「そんな自分は幻想だから、しっかり働きなさいよ」とお説教して終わりにはならない。逆に、人間とはそういう自分を求めるものだよね、それは苦しいけど悪くないよね、と読者に共感し励ますようなスタンスをとっている。他の文章でもそうだが、読者への説教にもならず、かといって媚びもせず、「生きがい」とは何かを静かに、一緒に考えていくようなスタンスがよい。
エピソードも多様で、素直に著者の考えに寄り添っていける。これはいいエッセイだ。