須賀敦子「ヴェネツィアの宿 (文春文庫)」

最近不毛とも思えるような仕事が多く、心が疲れている。本にのめり込んでいるときだけが唯一心が落ち着く。しかもこういうときは、新書などではなく、読んでいてストレスのない、評価の定まっている本がいい。
というわけで須賀敦子をはじめて読んだ。
昭和4年生まれ。文学への憧れやみがたく、フランスとイタリアに留学。帰国後、翻訳をやるいっぽうで、60歳を過ぎてから作家として世に出て、亡くなるまでのわずか10年ほどで広く読まれる本を書いた人だ。

この本では、家族のことや、フランスやイタリアでの生活の中でのできごとや、そこで出会った人びとのはなしが綴られるなかに、著者の考えてきた思いがさらりと語られる。
ヨーロッパに留学して得ようとしたものについて、本を読んだりものを書いたりすることについて、大学院に進み学び続けることを選んだ自分の生き方と、それを受け止める家族、および自分の生きている社会との関係について。
生まれた時代が時代だけに、女性として学問を続けていく生き方を選んだ悩みや思いは、今よりなお重い。本を読み、ものごとをじっくり考えながら外国での日々を暮らしていくなかで心に積み重なったこと、家族や仲間との日々とその別れにあって感じたことを、熟成させ、結晶させたかのような文章。
悩んでいいし、迷っていいのだ、真摯に自分の生きたい方向、選んだ道を見据えていれば、と感じせられて、気持ちがとてもひらけたようになるのがわかった。外国に行く、とまではいかなくても、日々の生活の中で、もっと、じっくり考えたり物思いにふけったりする時間が必要だ。
それが、いつ結晶となって現れてくるのか、それはわからないけれども。